golden-luckyの日記

ツイッターより長くなるやつ

ラムダノート第5期の出版活動の個人的ふりかえり

設立からあっという間に5年が経過し、さらに出版で収益が出るようになってから4年が経とうとしている(最初の1年間ちょっとは何も本を出していなかったので)。 既刊の点数も10を超えた。 なんとなく、この第5期は、気づいたら出版社としてのトンネルを1つ抜けた一年だったように思う。

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第5期は、2本の新刊単行本と、1本の『n月刊ラムダノート』を発行した。

新刊2冊は、思いがけず企業さんとのタイアップという形で実現した企画だった。 といっても、どちらも著者を見ればわかるように、技術を解説する本という点で妥協はない。 むしろ「第三者視点では外に出ることがあまりなかった情報」を書籍という形で世に出せたことが個人的には大きいお仕事だった。

もうちょっと補足する。

現在は、コンピュータ技術の解説書というと、ソースコードや論文であったり、仕様やリファレンスであったりをベースとした内容であることが多い。 これらは一般に公開されている情報だ。 インターネット時代のコンピュータで使われている技術は、このような公開の情報をベースに本を書けることが多い。

しかし、そういう公開の情報を集めるだけではなかなか理解がしにくい技術というものもある。 特定の企業によるプロプラな技術だけど社会の基盤になっているような技術がその代表だ。 とくにネットワーク関連技術は、歴史的、政治的、経済的な経緯もあって、そういう状況にある話題が多い分野だよなと個人的には感じている。 インターネットだけが通信ネットワークになってしまった現代では想像しにくけど、ほんの20年前くらい前はコンピュータ通信といったら時分割多重化されたデータを回線交換機を介してやり取りしていたわけで、そこで回線交換機がどう運用されるのかとかを知りたかったらNTTの中に入って直接聞くしかなかった。 2020年1月に発行した『徹底解説 v6プラス』は、まさにそういう時代からの影響があってはじめて理解できるような技術を、中の人の全面協力のもとで書くならこの人しかいないでしょうという唯一無二の執筆者によって形にできた本だと思っている。

そして技術には人間の営みがどうしても織り込まれてくる。 仕様策定プロセスや開発がオープンであれば、そこから当該の技術を成り立たせている論理や文化をある程度までは伺い知れるけれど、一般に「その技術を実際に支えている人たちがもっている技術」は本当に外部には伝わりにくい。 でも、その伝わらない部分もまた技術なのであり、技術書のひとつのテーマとして面白いだろう。

こうした「とくに隠しているわけではないけど非公開になっている情報を本にする」というのは、ちょっと考えればわかるようにとても難しい。 これが、外部からの「その話、知りたい」という圧が十分に高い可能性があるような話題なら、まだコンテンツとして成立しやすい(みずほ銀行システム開発の本とかはその好例)。 しかし、外部からの取材をゼロから始めて本にしようと思ったら、当然それだけのコストや年月がかかるので、おいそれと企画できるものでもない。 なんだけど、やはりチャンスがあれば企画したいと常々思っていた。

そんな中で、まさにそういう本を作れる機会をもらえたのが、2020年8月に発行した『Engineers in VOYAGE』だった。 Webで事業をやっている会社の中で技術者たちが何をしているか、そういう会社で働いているソフトウェアエンジニアには当たり前かもしれないけど、そもそも外部の人間や技術者でない人間には知りえない話で、でもみんなそれなりに興味はある。 ソフトウェアエンジニア自身だって、自分が知らない他社における技術者の文化には興味があるだろう。 まさにそういう本を、やはり「この本を作るならこの人が手掛けるしかないでしょう」というインタビュワーと、そのインタビュワーでなければ汲み尽くせないであろう深い技術者文化を培ってきた会社の全面協力で実現したのが、『Engineers in VOYAGE』の企画だった。

正直、どちらの本も、これだけの座組をぼくの主導と当社の企画力だけで実現することは不可能だったと思う。 そういう意味で、こうやって企画をふりかえると、第5期はなんというか、本当に幸運に恵まれたなあというか、「いつかやりたい」と思っていることは案外とふいに実現するものなんだなあというか、そういう一年だった。 これからも「こういう本を作りたいんだよなあ」みたいな意識をぼんやり抱えてやっていこうと思います。

一方で課題もある。まずは『n月刊ラムダノート』だ。一昨年に始めた不定期刊行誌だけど、昨年は1本しか形にできなかった。 原因は完全にぼくの力不足です。 ぼく自身の企画のタコツボ化を回避したくて寄稿ベースという形をとったのだけど、無から何かが生まれて結実するはずはなく、ネタをもらっても前に進めて完成させるための動力がいずれにしても必要になるのだよな。 そして、そのための動力が去年の自分には足りなかった。

もうひとつの課題は翻訳書だ。いくつか版権を購入したまま進められていない本があるのでやっていく。どれも面白いよ。

新しい期になって、すでに新刊『Webブラウザセキュリティ』を発行した。 こちらもまた思い入れがあるので、近いうちに個人的なふりかえりを書く予定でいる。