golden-luckyの日記

ツイッターより長くなるやつ

出版社を作って3年が経ちました

ラムダノートという出版社を作って3年が経ちました。

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www.lambdanote.com

この12月から、会社としては第4期に突入です。 3年もすれば中学生は高校生になるわけで、それなりに感慨があります。 そこで、pyspaアドベントカレンダーという場を借りて、ちょっとふりかえりをしてみることにしました。

本の紹介はよくやるけど、会社の紹介はあまり積極的にやってないので、そのつもりで書いたものです。

第1期(2015年12月-2016年11月)

出版社なので本を作って売りたいわけですが、本は自然には生えてきません。 前の会社に在職中から独立に向けた準備を進めるような計画性があればよかったのですが、本当になにも準備しないまま音楽性の違いで辞めたので、起業した最初の年は当然ながらラインナップがゼロでした。 そんな状態でも起業に踏み切れたのは、時雨堂の@volantusが凄腕の会計事務所を紹介してくれて、さらに出資までしてくれたおかげです。

第1期は、自社で出す本を企画したり、直販サイトを作ったり、そういう夢ベースで駆動していた時期でした。 種まき以前の、開墾の時期だった気がします。

幸い、書籍制作のお手伝いをもらったり、Webメディアの記事編集をやらせてもらったり、ドキュメント技術のコンサルティングっぽいことをさせてもらったりしたことで、アルバイト程度の現金収入がありました。 しかし、ぼく自身の給料がゼロだったこともあり(貯金と退職金、それに起業に伴う再就職手当で食いつないでいた)、現金は減っているのに会社としては黒字となり、税金だけは納めることになりました。つらい。

第2期(2016年12月-2017年11月)

この期の第2四半期に、ラムダノートからはじめての書籍を発行しました! 『プロフェッショナルSSL/TLS』『RubyでつくるRuby』です。 さらに第4四半期には、もう二冊、『定理証明手習い』『Goならわかるシステムプログラミング』を発行しました。

ラムダノートは、第2期にして、ようやく名実ともに出版社になれたことになります。

とはいえ、出版社になったからといって発行する本が自動的に書店に並ぶわけではありません。 書店で本が買える状態にするには、全国の書店へとつながっている流通網を使う必要があります。 しかし、出版社だからといって、この流通網を無条件で使えるわけではないのです。

全国どこでも、書店にいけば本や雑誌が買えるというのは、よくよく考えれば奇跡のような仕組みです。 既存の出版社の社員として本を作っていたときは、この奇跡のような流通網の存在を前提にして収益性を考えていました。

ところが、ぽっとでの新規出版社には、この既存の流通網は使えません。 正確に言うと、使いたいと言って交渉することは可能だけど、かなり不利な条件になります。

出版社としては、売り出す本の中身に対してかなり強い自信を持っています。 しかし、本の中身というやつは、流通網を運用している側にとって評価軸ではありません(異論はあるかもしれないけど、そもそも何万冊という新刊の中身をすべて評価するのは無理なので評価軸にはなりようがない)。 だから、既存の流通網を使いたければ、基本的には先方の条件に従うしかないのです。

そんなわけでラムダノートでは、既存の流通網も少し使わせてもらいつつ、自分たちが主体になって最終的な読者まで本を届けることに挑戦することにしました。 具体的には、Webベースの直販で商売を立ち上げることを目指しました。

直販サービスを自分たちで作ったことで、既存の流通網だけではケアできないような売り方、たとえば電子版も同じ価格で一緒に提供するとか、そうやって提供した電子版をバージョンアップしていくとか、そういうことも可能になりました。

もちろん、全国の書店で気楽に買えないということは、潜在的な読者の方々に不便をかける道を選んだともいえます。 発売開始直後に、得体のしれない出版社のWebサイトにクレジットカード番号を入力して注文していただいた何百人もの方々には感謝の気持ちしかありません。 本当にありがとうございました(これからもよろしくお願いします)。 ラムダノートの本は、今でもこの直販サイトを中心に発売しています。

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個人的には、この第2期は、約1年半ぶりに給料を手にできた時期でもあります(学生バイトみたいな月給ですが(いまだに))。

会社としては、いろいろ経費がかかるようになったこともあって、けっこうな赤字で第2期を終えました。

第3期(2017年12月-2018年11月)

前期に引き続き、書籍を3タイトル発行しました。 『数式組版』『プロフェッショナルIPv6』『みんなのデータ構造』です。 特に『プロフェッショナルIPv6』は、前期に打ち立てたクラウドファンディングの成果物を形にできて、本当によかった。 事前にお金をもらってから本をつくるの、メンタルにかなりこたえますね……。

タイトルが全部で7つに増えたことで、毎月の現金収入は前期に比べると少しずつ安定してきました。 その一方、やはりタイトルが増えたことで、管理コストも増えました。 前期から一緒に経営と本づくりに参加してくれている@ctakaoがいなかったら、ぼく一人では間違いなくオーバーフローしていたはずです。

なんでそんなに管理コストが増えたのか。

物理的な商品を作って売るには、倉庫と配送はもちろん、内部的な見えないコストがけっこうかかるものなんですね。 既存の書籍流通網に依存していないので、商品のハンドリングにかかるコストの割合は一般的な出版社より低いはずですが、それでも最近ではアマゾン・マーケットプレイス経由での購入がけっこう増えていたりして、これは配送料なども考慮すると30%がアマゾンに持っていかれるので、一冊あたりの利益率は直販に比べるとかなり目減りします。

この販売にかかる見えないコストは、当社の根本的な方針にも影響します。 実は当社の印税率は、書下ろしの紙版書籍では15%であり、わりと高めの設定です(翻訳の場合は原著者と原書出版社に支払うロイヤリティからの差分相当になるのでこれより低くなります)。 この印税率が可能な理由は主に2つあって、そのひとつが直販メインであることで販売コストが抑制できているからなのです。 著者の取り分を維持するためにも、販売戦略はこれからいろいろ工夫していきたいところです。

ちなみに、著者の取り分を比較的多くできるもうひとつの理由は、バージョン管理と自動組版のおかげで書籍制作にかかる直接のコストが一般の出版社より低く抑えられていることにあります。 とはいえ、データ入稿後は他の出版社と同じか、それよりも費用がかかるので、重版するラインナップが増えてくると利益を圧迫してきたりします。 このへんは、1回の刷数や重刷のタイミング、それから電子版をうまく回してやりくりしてがんばっていこうと考えています。

結局、第3期は総売上は去年よりだいぶ増えたけど経費も増え、ほぼ収支が均衡する状態で終わりました。 PEAKSさんやエン・ジャパンさんをはじめ他のメディアのお手伝いをしたり、ドキュメント技術の相談を受けたりしながら、その利益を本づくりに突っ込んできた感じです。 前期の終わりに時雨堂さんから増資を受けたのは本当に助かりました。

最終的な決算はこれからですが、前期の赤字もあるので、手元の現金はまだまだ心もとないぞ……。

第4期(2018年12月-)

というわけで、今日から第4期の営業開始です。今期もラムダノートをよろしくお願いいたします。

制作中の本、執筆を依頼している本がいくつかあるので、その発行に向けてがんばりながら、単発の本じゃない形で濃い技術情報をお届けする新企画も動かしていたりします。すでに相談済みの皆様におかれましては原稿のほうにぼちぼち本気を出していただきたく!

逆に、こちらのアクションがきちんと取れていない方々もおり、本当に申し訳ありません。 すべて私の脳がいろいろな意味で追い付いていないことが原因です。 何かのタイミングで何かがリンクして何かへと結実する予定ですが、催促やリマインダを気兼ねなく飛ばしてもらえるとうれしいです。

既刊の7冊の改訂や販売促進も控えています。特に売れ筋の『プロフェッショナルIPv6』『Goならわかるシステムプログラミング』『プロフェッショナルSSL/TLS』は、将来のバージョンアップに向けて準備を始めています(SSL/TLS本は原著の改訂待ちです)。

他の4冊も、これから教科書などで需要が高まってくる本ばかりだと考えているので、採用を検討されている先生は info@lambdanote.com までご連絡ください。 特に『みんなのデータ構造』『RubyでつくるRuby』は、当社の本としては価格も安く(『みんなのデータ構造』の紙版はなんと1900円!)、学部生向けにぴったりの教科書だと思います!

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ホワイトチョコを挟んだやつ三銃士

ホワイトチョコを挟んだやつ三銃士を連れて来たよ。

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ホワイトチョコを挟んだやつ三銃士?

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北の専門家、白い恋人。うっす、よろしく。

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ヨックモックの専門家、ドゥーブルショコラブラン。がんばります、よろしく。

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ルマンド、ルーベラなどブルボンの専門家、ブランチュール。よっす、どうも。

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TeX Conf 2018が札幌で開催された結果、ホワイトチョコをラング・ド・シャに挟んだお菓子が我が家に3つ揃いました。

白い恋人、とにかくでかい。ホワイトチョコも分厚い。ホワイトチョコ好きとしてはテンションがあがります。 その一方で、ラング・ド・シャは他の2点に比べると、ややざらざらしています。ISO 400のTri-Xともいうべき食感。 このラング・ド・シャの食感に合わせると、これだけ体積が大きいホワイトチョコが必要なのかもしれない。 ホワイトチョコだけ食べたい一品です。

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ヨックモックは、細長いクッキーのシガールで有名ですが、ラング・ド・シャとチョコレートを組み合わせたシリーズこそ本領。 とくにクリスマスシーズンにしか手に入らない、ホワイトチョコを挟んだラング・ド・シャの全面をさらにホワイトチョコでコーティングしたやつがすごい。 しかし今回は、他の2点と条件を合わせるために、秘蔵されていた春先限定商品のドゥーブルショコラブランを開封しました。 ラング・ド・シャのパリッと感と、カカオの風味が少し残るホワイトチョコで、バランスのとれた風味を実現しています。 ホワイトチョコだけ食べたい一品です。

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最後は、ブルボンのブランチュール。あまりスーパーで安売りされない、ブルボンの裏大王。 ぼくは箱買いしています。 主食なので、いまさら他の2点と比べるまでもないのですが、とにかくコストパフォーマンスが圧倒的。 価格のみならず、白い恋人クラスの厚さを誇るホワイトチョコにそれほど主張しないラング・ド・シャという構成で、ホワイトチョコ好きを狙い撃ちする完成度です。 ホワイトチョコだけ食べたい一品です。

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どれもホワイトチョコだけ食べたい。

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「そういえば前職でこの話を業務ブログに書いてたな」と思った話があって、検索したところ、ひっかからない。トップページからリンクをたどっても見当たらない。いやな予感がしてもうちょっと調べたら、過去の記事がぜんぶ、しれっとなかったことになっていた!

幸い、Internet Archivesではまだ残っていたので、自分が書いた文章のうちあとで参照したくなるやつを拾っておいた。『すごいHaskell』のサイン会の写真とか、たぶん日本のコンピュータサイエンス史にとって貴重なはず。

マッハ新書、β版で電子版を先行発売して紙を売り出すという、ここ10年来の英語圏における一部技術書の動向が、日本語圏では技術書界に先立って新書という形で、トップダウンかつボトムアップに再発明されたものという感じがする(ポジティブな感想です)。

ここで、トップダウン的というのは、著者からという意味。ボトムアップ的というのは、読者からという意味。

日本の出版をめぐる業界構造は、著者と読者が不在で、両者の間を出版社、取次、書店からなる三角形が取り結んでいる。 読者が支払った書籍の対価は、その三角形の中でぐるっと回遊し、その一部が著者に還元される。 もちろん、形式的なお金の流れは読者→書店→取次→出版社→著者なんだけど、この三角形の中でお金を回遊させることで、「コンテンツという水物をパッケージングして全国に配信する」という難事業に伴ういろんなリスクを回避してきたわけだ。

マッハ新書では、この三角形をBoothが担っている。 しかも、どうやらBoothはボランティアでやっているらしい。 クレジット会社の手数料以外はすべて著者にわたしている。 電子版配信のための環境をすでに持っているのと、もともとコンテンツの販売は当事者間の直接契約という規定があって商品に対する責任が限定的ということもあり、実際にコストはほとんどかかっていないのだろう。

ちゃんとした人がちゃんとした人たちを相手に、書籍のようなコンテンツを直接販売するという環境は、Kindle Direct Publishingをはじめとするさまざまなプラットフォームですでに実現していた。 しかし、Boothという無料のプラットフォームでそれが実現したというのは大きい。 0になるのは、単に少なくなるより、インパクトがでかいのだ。 これから個人間決済がもっと簡単になっていけば、Boothでなくてもいいじゃんってなっていくのだろう。 とはいえ、Boothが「マッハ新書」という名前を与え名前を全面に出して特集を組み、このムーブメントの立役者になっていることを考えると、やはりプラットフォームがあって、そこがうまく振る舞ってくれるといういうのは、コンテンツ商売にとって侮れない要因なのだろうなと思う。 それが出版社の仕事だったはずですね。はい。

(名前が決まった経緯を勘違いしていたので訂正。参考 https://twitter.com/goroman/status/991534291845763074?s=21

レビューを取り込んで更新されていくのが新しいという声も目にするけど、冒頭で触れたように、β版を電子で先行発売というのはかなり前からある。 日本語圏のメジャーな商業出版で実施できている例はないように思うので、新しいという感想が出るのは理解できる。 商業出版で実施できてなかった理由にはいろいろあるけど、個人的に大きいなと思ってるのは、不特定多数からレビューを取り込む仕組みをサポートするのは、ちゃんとやろうとするとかなり難しいという点。 そもそも不完全な書籍をレビューするという行為そのものが、相当難しいのです。

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誤字脱字の指摘を受けて修正していけるというのは、少なくとも商業出版では、レビューの目的としてあまりメリットがない。 レビューでコメントが欲しいのは、むしろ内容に関する疑問符だったりする。 極端な話、「この内容で本として出版する意味はあるの?」みたいなレビューを先行発売版の購入者からもらえるなら、つらいけれどうれしい。

というわけで、マッハ新書には、Boothの手数料がゼロという点以外に、出版関係者としてそれほど画期的な印象はないな、というのが率直な感想です。 むしろ、その登場の経緯が「出版関係者の多くがやるべきことをやれてないから」っぽいという点について反省し、将来への礎としていきたい。

とはいえ、執筆開始から公開まで12時間という時間制限には意味があるかもしれないな、とは思う。 というのは、このマッハ新書のムーブメントをさらに先鋭化した「箇条書きの状態で売ってしまってもいいのでは」という発想にかなりびっくりしたからだ(ポジティブな感想です)。 文章の推敲はせずに売ってしまうというのがマッハ新書の特徴だとしたら、箇条書き新書は、推敲どころか文章をゼロにしてしまうという発想だ。 アイデアの売り方を「従来の本っぽい形態」に縛る必要はない。従来の本っぽい形態が売り物となる条件ではないはずで、それなら、ここまでそぎ落としてもよいと思う。 0になるのは、単に少なくなるより、インパクトがでかいのだ。

箇条書きにはさまざまな可能性が開かれているという点もある。そこから行間を埋めていくようなレビューのほうが、誤字脱字の指摘というレビューよりも、面白いところに到達しそう。

ただ、箇条書きを「読む」訓練、あまり誰もうけてないのだよな。受け手の意識が上がっていかないと、情報商材の一種になる未来が待っていそう。

そういえば、時間制限に関しても、Novel Jamみたいな取り組みがすでにあったな。こちらは著者一人の作業の制限時間ではなく、編集とデザイナーが協力して完成までもっていくので、2泊3日と少し長いけど。

www.noveljam.org

自分で買った本を読んでいて謎の日本語や組版の不備や構成の甘さに耐えがたくなったり、発売前に長大な正誤表が出るといった話を聞いてしまったりすると、自分の仕事でどこまで手を抜いても売上や信用を落とさずに乗り切れるか、という思考実験がついつい脳の片隅によぎってしまう。

段落のチューニングとかは不要な作業に違いない。非文が残ってたり、やけに受動態が多かったり、同じことを何回も書いてあったり、実際にそういう本はままあるし、そういうところから手をぬけそう。未定義な用語を雰囲気で使っていても評価されてる本はあるし、文脈で察しがついて読めればいいはず。ようは内容なので、著者に価値ある情報を文章化してもらって製作プロダクションに組版してもらえば本になって売れる。誤字とか日本語の不統一とかは内容に明るくなくても目立つ点なので、まあ直したほうがよいのかな。それにしたって、がんばったところで売れゆきには大きく関係しなさそう。となると、著者を見つけてタイトルを決めて原稿を集めれば、事実上は仕事が終わったことになる。

この思考実験、実施してみる機会がない。

立ち上げのころからよく知っている電子書籍の出版社直販サイトが昨日で販売を中止し、ハードDRMがかかっていないPDFが主な商品だったので購入済みの本が読めなくなるということは原則としてないんだけど、しばらくしたら購入済みの本のダウンロードもできなくなるので、保存していたハードディスクが飛ぶなどしてバックアップもなけば事実上再入手は困難になる。

このような状況になること自体は、同じような出版社直販サイトをやっている人間として言うべきことでないのは承知のうえだけど、ある程度は仕方がないことだと考えている。というか、そうした事業継続が困難になるリスクをゼロにしようとしていたら、何も始められない。ぶっこんで本を作って売っているので買ってください、と言い続けるだけである。買ってください。

www.lambdanote.com

で、こういう話があってもなくても常に考えてる問題として、完全に平のデータをダウンロードできる電子書籍販売サービスとするか、それともハードにせよソフトにせよ何らかのDRMを設定するかという話がある。ラムダノートでは、FAQにもあるように、PDFの各ページに購入ごとに一意なIDを挿入している。メールアドレスのような第三者が個人を識別できるプライバシー情報ではなく、購入時に生成しているハッシュデータで、社内からだけは逆引きができる。幸い、したことはない。本を読むじゃまにならないよう、リーダーでは不可視にしているので、あえて文字列選択とかしないと見えない。このようなソフトDRMの仕組みをいれることにした背景は2つあって、1つには海外の版権を買うときに「なんらかの電子的な流出防止策を講じること」という条項が含まれるケースで過去に苦労したというのと、もう1つは、そうした仕組みを用意しないで済ませることで、「自分たちは出版社として権利が設定された商品を書いてもらい、それを販売している」という意識が弱まっていくのが怖かったから。何事も、実装や運用を楽にするのって、自分たちの仕事に対する意識を弱めた結果であるとしたら、あとは落ちる一方だなという気がしている。

これって、最近の仮想通貨取引所とかの話に近いものがあるかもしれないなあとも思う(技術的にはよほど単純な話だけど)。そう考えると、単方向ハッシュ文字列をページに入れるんじゃなく、ブロックチェーンを応用すれば、完全に個人のものになる権利保護ありの電子商品購入という体験をプライバシーの問題を引き起こさずに提供できるはずだという方向に妄想が広がる。すでにそういう技術開発をしているところはあるっぽいので、妄想じゃないな。弊社のいまの体力を考えれば妄想だけど。

妄想ついでに、完全に個人のものになる権利保護ありの電子商品を販売するのが「出版の未来」なのかという疑問に対して出版社としてどう取り組むべきかが年々わからなくなるという話があって、実際、O'Reilly Mediaは、完全にそういう「出版の未来」を見捨ててしまった。代わりに彼らがやっている会員制の電子図書館は、個人的にはとても魅力的なサービスなんだけど、このまま日本でも商売になるかは微妙な気がしている。年4万円は、やっぱり個人向けにはかなり敷居が高い。すべての電子書籍は、ブラウザの画面ではなくKindle Oasisで読みたい。そんなふうに個人的な要求から整理していくと、とてもいまあるパーツを組み合わせて正解を出せるような気がしないのでした。

理工書のタイトルに「入門」が多いのは出版社の編集者が売れるからという理由で入門でないものにも入門とつけたがるからだ、という頻出の話題をまた見かけたので、当事者を対象としてツイッターでアンケートしてみた。

125票って、最後の選択肢の37%を割り引いても当事者以外の思惑がかなり紛れているような気がするけど、それでも「売れるようにするため」という選択肢がこんなに多いとは思わなかったよ。。

ぼく自身はわりとタイトルに「入門」ってつけるのを躊躇しないほうだけど、素朴に「実践的な話とか応用例には踏み込んでない、あくまでも入門です」を示す記号として捉えている場合がほとんどだった。そのような場合に、書名であることが認識しやすいパターンとして、「~入門」や「入門~」を採用することが多かった。それだけで「売れる」と考えたことはまったくなく、むしろ正直なところ『型システム入門』に対する「編集者による入門詐欺」という風説をみてはじめて、そういうふうに見えるものなのかーと思ったくらい。入門というタイトルなので簡単なはずという誤認の可能性に思い至らなかったともいえるので、日本語を扱う仕事についている身としては残念です。

にしても、このアンケートの結果で真に驚いてるのは、いわゆる入門詐欺を本気でやっている編集者もゼロではなさそう、という点なんだよな。世の中そんなに甘くないだろうって思うんですが、入門ってタイトルにつけるだけで売れる(少なくともその可能性が高まる)ほど単純な商売なんでしょうか?

こうなると、もう、実践とか応用に踏み込まない本に「入門」というタイトルをつけるのが憚られてしまう。どうすればいいのだろう。基礎でも同じに思えるし、現代日本語における入門という語の幅広いニュアンスから簡単とか誰でもわかる的な要素を取り除いた新しい用語の発明、もしくは入門という語の再定義が求められる。