golden-luckyの日記

ツイッターより長くなるやつ

みんなが出版社になれるのか

「本の編集者は何をしているのか」を書こうとしていて、もう何か月もまとまらなので、とりあえず「出版社が何をしているのか」を書いておきます。

素朴な出版社のイメージ=中間搾取者

とくに出版業界に興味がない人からみた出版社のイメージって、おおむね「著者と読者の間にいるやつ」という感じだと思います。 絵にするとこんな感じ。 著者の立場からすると「本を出すときにお世話になる会社」で、読者の立場からすると「著者が書いた本を書店で買えるようにしてる会社」ですね。

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この絵のイメージで出版社を捉えると、「原稿から本を作るコストはかかるだろうけど、中間にいるだけで本の売り上げの大部分が懐に入るのか。やはり既得権益は強いな」という印象を抱くのではないでしょうか。 そんな中間者はインターネットの力で取り除いてしまうべきなのでは?

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とはいえ、個人で個人の読者にモノを売るのはインターネットだけではやはり面倒です。 そこで、「著者が原稿を個人の読者に売るためのサービス」がいくつも登場して広範囲に利用されています。 AmazonKindle ダイレクト・パブリッシングとかBooth、あるいは日本ではまだなじみが薄いLuluやLeanpubなどです。

以降、本記事では、これらをまとめて「個人出版支援サービス」と呼ぶことにしましょう。 これら個人出版支援サービスの多くでは、電子書籍であれば著者の取り分が80%とか90%とかに設定されているので、従来の出版社はほんとに中間搾取者だったんだなあという思いをあらためてかみしめられますね。

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個人出版サービスなら90%の取り分が出版社経由だと10%程度にしかならない」というのは、著者から見ると紛れもない現実です。 が、この差はほんとうに出版社による中間搾取の結果なんでしょうか?

出版社そのものは販売網ではない

ここでちょっと立ち止まって、個人出版支援サービスが著者に対して何を提供しているかを考えてみると、それは販売網としての機能だろうと思います。 著者が原稿を個人の読者に売りたいが、それは大変なので、そのプラットフォームを一手に引き受けるサービスというわけです。 原稿を本の整形してくれる機能がついていたりもしますが、それはおまけみたいなものでしょう。

従来の出版業界でこれと同じ機能を担っていたのは、出版社ではなく、取次と書店です。 その意味で、個人出版支援サービスが著者に提供するのは出版社の機能ではなく、取次や書店のそれです*1

ただし、従来の出版業界の販売網には「出版社だけしか利用できない」という事実上の制限があります。 逆にいうと出版社には、従来の出版業界の販売網を利用できる唯一の存在としての価値があります。 そこに、個人でも容易に使える新しい本の販売網として登場したのが個人出版支援サービスだといえるでしょう。 おかげで「著者の原稿を読者に届ける」ためだけに出版社を使う必要はなくなった、ともいえます。

販売網への窓口は出版社の機能のごく一部

著者が個人でも利用できる販売網がある状況で、わざわざ出版社から本を出すのは、一見するとバカげているようにも思えます。 確かに、「自分が書いたそのままを読者に届ける」ことが目的なら、そのために出版社を使う必要はべつにないかもしれません。 そういう人にとって出版社を使うのは割高です。

しかし出版社は、従来の販売網への窓口として読者と著者の間を取り持っているわけではありません。 出版社が「読者と著者の間を取り持っている」のは間違いないんですが、それは「著者」→「読者」という一本のラインの上で両者を仲介しているという意味ではなく、最終的な本のための原稿を著者と一緒になって作っているという意味です。 著者、出版社、読者のリアルな位置づけを絵にするとこんな感じです。

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さらに個人出版支援サービスの存在も考慮すると、こんな感じになります。

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出版社=売り物の本の専門家

先の絵を見てもらうと、「出版社は販売網としての役割をそもそも担っていない」という先の主張がよりクリアになると思います。 そして、「出版社は最終的な本のための原稿を著者と一緒になって作っている」という主張も、なんとなく伝わるのではないかと思います。 ほとんどのまともな出版社は、著者が書いた原稿の「てにをは」を直して組版して販売網に流すだけでありません。 「売り物の本」の専門家として、企画段階から著者との間でかなりのインタラクションを繰り返しながら、最終的な本の原稿を一緒に作り上げています。

この「売り物の本の専門家が本を作るのを手伝ってくれる」という機能は、私見では、出版社がもっとも価値を発揮できる部分です。と同時に、もっともコストがかかる部分でもあります。 しかし、「売り物の本」って、なんかふんわりした表現ですよね。 そんなふんわりした表現でしか説明できない微妙さがあるので、出版社の最大の武器として俎上に載せにくいなあと常々もどかしく思っていたりもします。 ぶっちゃけ、販売網の独占的利用という点に価値を示せなくなったいま、出版社の将来を左右するようなポイントであるとさえ思っているんですよね。 なのでもうちょっとうまく言語化したい。

まとめのようなもの

個人出版支援サービスのようなものとの対比で「従来の出版社は…」と感じるときがあったら、それはきっと出版社の使い方を間違っているかもしれません。 あるいは、売り物の本にするのを手伝う専門家として機能できていない出版社と付き合っているのかもしれません。

*1:念のため補足しておくと、これは取次や書店が中間搾取者だったという話ではありません。それぞれ、本という商品のディストリビューターとして、個人出版支援サービスと同じ10%~20%程度の取り分でずっとやってきているはずです。このへんが本というコンテンツのディストリビューターとしてビジネスをやっていくための妥当なラインなのかもしれません。