golden-luckyの日記

ツイッターより長くなるやつ

出版社の編集者は何をする人なのか

かつては出版社の中に編集者という職業があって、著者に執筆を依頼したり、そうして書いてもらった原稿を取りに行ったり、誤字脱字や「てにをは」を矯正したり、漢字や送り仮名の表記を出版社のルールに従って統一したり、それを印刷製本する指示を出したり、そういう仕事をしていました。

誰もが自分のSNSを持ち、ブログのプラットフォームで記事を公開し、中には自分で印刷製本して本の形にして売買している現代、「自分で文章を書いて世間に出す」のに出版社は不要です。いわんや編集者をや。

自分は出版社を作り、そこで編集者をやっているので、この「出版社も編集者も不要」という世界で何をすべきかという問題についてよく考えます。毎度たどり着くのは「必須ではないけど不要というほどでもない」という答えなんだけど、特に「不要というほどでもない」に対する根拠をあまり明確にしてきていない気がするので、少し言葉にしてみようと思います。

出版社には「ノウハウやフロー」があった

まず、「こんな時代になってもなお編集者が出版社において連綿とやっている仕事」を明確にしておきます。

前提として、出版社における伝統的な編集者のゴールは「販売するための本や冊子を発行すること」だとします。まったく違うゴールが設定される場合もないわけではないと思いますが、このゴールの達成を以降の話の前提とすることには、それほど大きな異論は出ないでしょう。

ただ「このゴールに向かって編集者はどんな役割を担うべきか」については、当の編集者たちの間でさえ、はっきりしたコンセンサスがない気がします。 記事の冒頭で「出版社において伝統的な編集者がやっているような印象がある仕事」をいくつか列挙しましたが、それら個々の業務について「実務経験で習得したノウハウや会社で定められたフローをなぞること」をもって毎回の本づくりを実践しているのが実態だと思います。

なお、これは皮肉ではないことに注意してください。 そういうノウハウやフローが確立していること自体は、「本を書きたい」「本が欲しい」という執筆者や読者にとって、出版社の編集者が提供できるサービスの一つです。

いや、「一つでした」というべきですね。 今は、このサービスを不可欠だと感じない執筆者や読者が少なからずいます。 むしろ、そういうノウハウやフローを利用しなくても自分の作品を公開したり、そうやった公開された出版社の編集者を経ない作品を楽しんだりする場が日常にあるので、そういうサービスの存在をそもそも知らない人が多いとさえ言えるかもしれません。

「ノウハウやフロー」を別の言葉で

出版社の編集者が「おれたちにはノウハウやフローがある!」みたいに吠えるのは、残念ながら沈んでいく船からの雄たけびにしか見えませんね。 実際、本当に「ノウハウやフロー」がある出版社やその編集者は、この時代にあっても淡々と実績を出しています。 そして、「ノウハウやフロー」みたいなふわふわした言葉でウリを主張することもありません。

とはいえ、実績を出している出版社やその編集者がそれぞれにノウハウやフローを確立しているのはやっぱり事実です。 だから自分としては、このふわふわをなんとかもうちょっとかっちりした概念にして、出版社と編集者の仕事の実体を明らかにしたい。 それが多少でも明らかにできれば、出版社と編集者を使って本を出してみたいとか、出版社から出ている本だから安心して買えるとか、そういう人がちょっとでも増えるので、これは自分にとっては長期的な生存戦略でもあります。 あと、これは最後にちょっと触れるつもりだけど、「編集者ってこういう仕事なんだ」という輪郭をなるべくはっきり伝えることができれば、そういう仕事をしてみたいという人へも役に立つかなっていう思いもあります。

出版社の編集者がやってること

とっかかりとして、出版社の編集者が何をやっているか、ここであらためて整理してみます。 といっても「原稿から文法の不具合をなくす」みたいなミクロな作業の話ではありません(そういうのは別に記事があります)。 出版社の編集者がやってることは、言葉を選ばずに言うと、こうです。

  1. どんな本を出せば売れそうかを常に考える
  2. 売れそうな本の原稿を書けそうな人を探す、もしくは、売れそうな本になる原稿を判断する
  3. 原稿を売ってよい形にする
  4. できた本を売る
  5. 上記を工程として管理する

要するに出版社の編集者の仕事は、売れる本を作って売ることです。 売れるか売れないか、みたいなことばかり言うのは下衆に聞こえるかもですが、不特定多数に「売る」ことを意識していない編集者はたぶんいないというのがポイントです。

もちろん、その意識の仕方は編集者個人によって違うでしょう。 「売れる=出版社として儲ける」という意識の人もいれば、「買う人が増える=その本で伝えたいことがより広がる」という意識の人もいます。 ちなみに自分は、「その情報を必要として購入してくれた数少ない人を失望させない」に割と全力を傾けています。 このように、「売れる」の基準は一通りではなく、そこには内容の潜在需要の大きさはもちろん、編集者個人の価値観が大きく影響しているので、最終的に世に出る本の出来不出来は実に多様です。

ただ、形はいろいろでも「出版物」という括りでは共通の要素もかなりあります。 そのため、売りモノの形にもっていくプロセスとして見ると、割とどこも同じようなやり方でやっているようです。 上記の「5」の部分は本の種類や内容によらず、そこそこ共通のスキルセットで編集者としての価値を提供できる面だともいえるでしょう。

プロジェクトマネージャとプロダクトマネージャ

プロセス管理については、昨今ではソフトウェア開発のツールや考え方を取り込んで、いろいろ工夫してるとこが増えてます。

当社を例にすると、工程管理はGitHubを活用したフローとしており、これによってプロセス管理の手数をかなり削減できています。 とはいえ、ツールだけで第三者とのやり取りを伴うプロセスが管理できるわけもなく、そこはSlackを利用して緩く著者との進捗共有をしている格好です。

こうした仕事は、ソフトウェアの業界では「プロジェクトマネージャ」という職能で呼ばれています。 一冊一冊の本はきわめて小粒とはいえ独立した一個のプロジェクトであり、その企画、執筆、編集、組版、印刷製本を滞りなく進めるためにはプロジェクトマネージャとしての仕事が必要です。 つまり、出版社の編集者はプロジェクトマネージャとしての役割を担っています

一方、出版社の編集者は単にプロジェクトマネジメントをするだけではありません。 前節で挙げた「編集者が売りモノの本を作るためにやっていること」のうち、「1」から「4」はプロジェクトマネージャとしての仕事には見えません。 これらは、本を「売りモノ」の製品にするために必要な工程であり、いうなればプロダクトマネージャの仕事です。 つまり、出版社の編集者はプロダクトマネージャとしての役割も担っているといえます。

このように考えてみると、出版社の編集者の「ノウハウやフロー」というふわふわは、実は何のことはない「プロジェクトマネージャとプロダクトマネージャのスキル」だったのだと言えそうですね。

編集者はプロジェクトマネージャ兼プロダクトマネージャであるべきか

一般に、プロジェクトマネージャとプロダクトマネージャはぜんぜん違うことを考える仕事です。 両方をきちんとこなすスキルがあれば言うことはありませんが、すべての編集者がそうであるべきというのは、正直なところなかなか難しい気がしています。

もちろん、両方こなしている(ように見える)超人的な編集者もいるにはいます。 が、わりと多いのは、プロジェクトマネージャとしてきっちり仕事している人のように見えます。 出版社である以上、ある程度の頻度で本を形にしていかないといけないので、プロジェクトマネージャ寄りの編集者の活躍が目に入りやすいのは当然だともいえます。

ひるがえって、ぼく自身は、書籍制作のためのプロセス管理能力がまったくありません。 「著者が書き終わったときが脱稿、編集が終わったときが印刷所入稿」くらいの粒度でしか工程を管理できない体たらくです。 gitのコミットベースで著者と進捗の話ができる分野の本でなかったら、きっと今以上に新刊のペースが落ちるでしょう。

書籍のプロジェクトマネジメントをやってやるという人がどこかにいないかな

最後に、ちょっと泣き言をいいます。

ぼくの編集者としての生存戦略はプロダクトマネージャに全振りすることですが、それだけでは回らないので、一緒に会社をやってる高尾さんにプロジェクトマネジメントのかなりの部分を依存しているのが現状です。 しかし、高尾さんは高尾さんでほかにいろいろな仕事もやっているので、当社ではプロジェクトマネジメントの面で著者にあまりよい体験を提供できていないのではないか、その結果として本をなかなか読者に届けられていないのではないか、という危惧があります。

そんなわけで、どこかにプロジェクトマネージャ、具体的には著者への進捗確認やぼく自身の編集作業の進捗をかっちり見られるという人がいないかな、というのをぼんやりと考え始めました。 いまや絶滅しつつあるかもしれない出版社の編集者という仕事に興味があって、プロダクトマネージャとして本を作る経験はないけれどプロジェクトマネージャとしてならビシバシとケツを叩ける、もしくは著者とコミュニケーションをとって段取りをしっかり組むから本が自然に出るようにできるぞという『デッドライン』のトムキンス氏みたいな人がいたらうれしいなあ、と。

そういう方向で、またそういう方向じゃなくても、ここで述べたような出版社の編集者という仕事に興味がある人がいたらとりあえず相談もらえたらなと思っているところです。(もとよりモロビア共和国のような待遇どころか並の正社員としての待遇も約束できない現状なので、「もうちょっと詳しく編集者について話をきかせろ」くらいの温度感でいてもらえたら気楽です…)

追記

「編集者の仕事として〇〇が抜けている」「むしろ〇〇である」といったコメントが散見されるので追記します。

この記事で言いたいのは、そういう〇〇を抽象化(数学的な意味で)すると(ソフトウェア業界の)プロジェクトマネージャとプロダクトマネージャがそれぞれ担うとされている役割に区分されるのではないか、ということです。

編集者がやってることなんて個人によってかなり違うし、だからこそ文字通り「ノウハウ」なんだけど、それだと各自でノウハウを見出すまで仕事にならないんですよ。大手であれば、未経験からノウハウを手に入れるまで、経験者が傍らでフォローしてあげられるし、その間は戦力にならなくても平気なんだろうけど、リモートのみで資金力もないとこだと「ノウハウ」のままでは継承ができない。

ふんわりと「本ができるまでの執筆以外のすべて」とみなされている職能に、プロジェクトマネージャとプロダクトマネージャという輪郭を与えれば、とくに前者はドメイン知識がない段階でもプロフェッショナルを発揮できることが可能なので(ソフトウェア業界から伺い知る限りでは)、そこができますよという人がいたら手伝ってもらえるかもしれない、という話です。

実をいうと、このような編集者の役割の分離が、特に出版業界では共感されないだろうなという自覚はあって、というのも、ぼくが既存の出版社をやめた理由のひとつに、まさにこのあたりの感覚がまったく理解されない人に納得いかない人事をされたからというのがあるから。出版には出版のプロジェクトマネジメントがあり、それは編集者ならできるべきである、というのはもっともなんですが、プロジェクトマネジメントであるには違いないので、そこだけ切り出すこともできるはずなんですよね。